機関誌【一期一会No.140】が発刊されました。
機関誌発行
2025.12.10 2026.04.02
『中部経済新聞社『マイウェイ』連載に際して想うこと
税理士法人TACT髙井法博会計事務所
TACTグループ関連12社 代表
会長 税理士 髙井 法博
9月1日から10月31日まで、中部経済新聞の『マイウェイ』という経営者が自分史を語るコーナーにて日曜日と月1回の休刊日を除く毎日、2か月間(全51回)にわたって連載をさせていただいた。日本経済新聞でいうところの「私の履歴書」の中部版である。
現在、この原稿を書いているのは10月29日だが、昨日ようやくすべての原稿の校了を迎えることができた。今回、『マイウェイ』に連載させていただくのに至った経緯は、当時 中部経済新聞社の岐阜支社長をされていた大蔵敦生さんによるご尽力が大きい。TACTグループで開催する各種お客様向けの勉強会などをいつも取材いただき、TACTグループのこと・私のことをよく理解してくださっていた。そんな折、昨年 本社の編集局長(当時)と共に来社され、連載のお話をいただいた。日経新聞の「私の履歴書」や中部経済新聞社の『マイウェイ』は従前より切り抜きをしてファイリングするほど愛読しており、錚々たる方々が執筆をしておられる。光栄であると共に大変恐縮し、とても私が書くところではないと一度は固辞したが、再度お声がけをいただき「このような機会は二度とない」と、分不相応にもありがたくお引き受けをさせていただいた。連載の時期が決まり、大蔵支社長と打ち合わせ、51回にわたる連載ではどんなテーマで、どんな流れで、どんな内容を掲載するのかという組み立てを大まかに行い、それをもとに執筆をさせていただいた。
とはいえ、日常の仕事もいっぱいある上に80代になろうとする体の変調、週に一度くらいのペースで入っている通院がある。6月には私のライフワークとしている4泊5日の『経営計画実施作成セミナー』や名城大学での講演、7月には実践発表大会やお客様の経営計画発表会や周年行事、倫理法人会での講演が続き、8月はお世話になった方々やこの一年の間にお亡くなりになられた顧問先様、有縁の皆様に長年ご支援いただいていることへの感謝の気持ちを込めてお伺いをする高校卒業以来行っている初盆参りが続き、本格的に取り掛かれたのは夏季休暇以降となった。8月中旬にはTKCの表彰旅行にてロサンゼルスに約1週間滞在したが、この間も自由時間はホテルの部屋にこもり、また夏季休暇から10月までの土日・祝祭日もすべて使い、10月から始まるTACTグループの50期に向けた経営計画書の監修や執筆と同時並行で、秘書をしている娘と共に連日朝から晩まで執筆・校正作業に取り掛かった。
新聞紙面では文字数が限られており、当初900文字前後での執筆を依頼されたのだが、いざ書き出すと記すべきこと・お伝えしたいことが次々と出てきて1,600~1,800文字に達してしまい、長いものでは2,200文字にまでなってしまった。これを何度も何度も校正し、最終原稿に整えるのだが、900文字ではどうしても内容が浅くなってしまうため、最終的には1,150文字まででお許しをいただいた。いずれにせよ、元原稿から原稿用紙1枚(400文字)~中には半分を削ったため、読んでくださった皆さんに意図した内容が伝わったかどうか不安な部分も大きい。この間、7月から大蔵支社長は本社の編集局長にご昇進・栄転をされたが、編集局長就任後も今回の『マイウェイ』連載に関する全ての業務を代わらずにご対応くださった。原稿の提出と共に写真の捜索・選定にも時間を要し、大蔵編集局長にも多大な心配・お手数をおかけしたが、「納得のいくように書いてください。まだ大丈夫ですよ」と明るくお言葉をかけてくださり、大変感謝をしている。51回と回数が限られていたため、掲載をあきらめた出来事や文字制限によって削らざるを得なかったエピソードなどについては、このあと加筆・修正を加えて来年9月に行う創業50周年記念式典までに製本化・出版をする予定である。
今回と次号の一期一会「巻頭言」については、連載させていただいた『マイウェイ』原稿の中からいくつかに加筆を加え、掲載をさせていただきたいと思う。今号は、全51回の中から、最初の第1回をお届けする。
第1回 連載にあたって 「一期一会」を大切に
1976(昭和51)年に税理士試験に合格して以来、来年9月には創業50周年の節目を迎える。半世紀に及ぶ歳月に思いを馳せると、やはり、「一期一会」という言葉が脳裏に浮かぶ。人と人との出逢いは運命的である。これまでの人生を振り返ると、本当に多くの人と出逢い助けられ、ご指導を受け引き上げられ、生かされてきた幸せを深く感じる。一人一人と真っすぐに向き合ってきたことで、いまの自分がある。そう思えてならない。
私は、岐阜市にある50代続く浄土宗の古刹・西谷山浄音寺で生まれた。かつては村有数の資産家だったようだが、戦後の農地解放によって寺は土地を失い、状況は一変。ものごころつく頃には、生活保護を受けるほどの極貧の中で育った。
ただ、大恩人である後藤孵卵場創業者の後藤静一氏との出逢いから、人生が大きく開かれていった。同社の奨学金制度第1号として選んでいただき、高校卒業後は後藤氏の下で働き、さまざまなポストに抜てきし、育てていただいた。これまで一日たりとも恩を忘れたことはない。いまでも本社の会長室と自宅の仏壇には後藤氏の写真を飾っている。
独学で税理士試験に合格し、お許しをいただき12年間の会社員生活にピリオドを打ち、31歳の時に後藤孵卵場を退社後、自宅で高井法博会計事務所を開業した。創業後も必死で勉強し、現在、TACTグループとして12社を展開するまでの規模になっている。顧問先数はコンサルも含めると730社を超え、ありがたいことに岐阜県下ではナンバーワンに成長した。
税理士の資格だけを頼りに税務署にも会計事務所にも勤務したことのない私が、創業時、自分は何のために事業をするのか自問自答し、5ページほどの経営計画書に創業の理念(三つの柱)を明示した。その後、法人化した際には定款第1条として次のように明記した。
「当法人は、お客様の経営体質強化と健全経営の実現のために、お客様に対し『ビジネスサポート業』・『情報発信基地』・『社外重役』としての役割を果たし、お客様の事業の発展に寄与し、当法人の発展と全社員の物心両面の幸せを勝ち取り、もって国家・社会の発展に貢献することをTACTグループの共通の使命とする。」
「自利利他」。利他に徹することがすなわち自利である。私が大事にしている言葉である。これまで歩んできた半生を赤裸々に再現することで、読者に少しでもこれからの人生のヒントになれば幸いである。
(文責:広報委員長 髙井 歩実)